自分の歌を歌う

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昨日、久しぶりの朝散歩が気持ち良かったので、今日も行ってきました(^O^)

今朝は昨日のよりも冷え込み、富士山もくっきり見えました。

畑の草に朝露がついて、思わず足を止めました。

朝露を見て、ふと、昔、歌った歌を思い出しました。私の地元、愛知県の少年自然の家の歌なのですが、「朝露ふんで、歩く道」という歌詞があります。

この少年自然の家は、小学校からも中学校からも近く、遠足や野外学習でちょくちょく利用したので、学校の校歌と同じくらいよく歌いました。歌詞も、中学校の校歌は覚えていないのに、少年自然の家の歌はしっかり覚えています(^_^;)

実は、私が通っていた小学校の校歌も中学校の校歌も、少年自然の家の歌も、同じ作曲家が作っていて、のちに大学で、その先生に教えていただくことになります。私にとって不思議なご縁を感じる思い出の曲なのです。

そういう曲って、人それぞれあると思うのです。全然知られていない曲でも、その人にとっては、色鮮やかによみがえる思い出の曲。

その時の思い出や感情は、その人しかわかりません。

その人しかわからないということは、その人にしか表現できないということです。

私の教室に来る生徒さんは、コーラスをやっていた方もたくさんいるのですが、みんなで一緒に歌う時は、全体として表現を統一することが多いですよね。ここは小さく、だんだん大きくして、ここでフォルティッシモ!みたいに。

コーラスはたくさんの人数で歌うので、ある程度、表現を統一する必要があります。でも、教室では、せっかく一人で歌うのだから、もっと自分の好きなように自由に歌ったらいいと思うのです。

例え、フォルテと書いてあっても、小さく歌いたいたいなら、小さく歌えばいい。

それがあなたの表現だし、それがあなたの歌になる。

発声ができていないから、感情表現まで考えられない、と言い人もいますが、発声も感情表現も同時進行ですよ。むしろ、感情表現が先だと思います。こう歌いたいから、思い通りに表現できるように発声を勉強するのではないですか?

思い通りに表現できなくてもどかしさを感じることはあるかもしれませんが、こう歌いたいという思いがなくては、歌う意味などありません。

思いがあれば、技術はあとからついてきます。技術があっても思いがない歌なんてつまらないですよ。

誰かと比べて、うまいとか、下手とか、気にしたり、誰かの物まねで終わるのではなく、自分の歌を見つけていきましょう。すると、音楽がもっと楽しくなりますよ。