『歌うための身体』~私の思い
声楽教室を開いた時から、「声楽は体が楽器」であり、そのための体づくりを大切にしてきました。そして、ホームページでは「体への意識を高める」記事を書きたいと考えていました。今回は、このコラム『歌うための身体』を書くに至った「私の思い」をお伝えしたいと思います。
声楽の動きは外から見えない
声楽を習い始めると、先生(または憧れの歌手)と自分の声があまりにも違っていて、「どうやったらあんな声が出せるんだろう?」と不思議に思うことが出てくると思います。それは、声楽のほとんどの動作が、外から見えない体の内側で行われているからです。
例えば、「口を大きく開けて」と指導されたとき、多くの人は、唇を思い切り開こうとするでしょう。
でも、声楽でいう「大きな口」というのは、口の中、さらには、喉の奥の方を広げる、というイメージ。外からは見えない場所です。
目に見えない場所が多いので、うまくやっている人を外から観察しても、真似をすることが難しいのです。
そのため、言葉だけでは誤解が生じやすくなります。先ほどの「口を大きく開けて」という言葉も、口のどこをどう開ければいいのか間違って捉えていると、本来の意図とは異なる口の開け方になってしまいますよね。
そういう私も、たくさんの勘違いをしていたために、なかなか上達しない生徒でした。口はできるだけ大きく開けるのがいいと信じていましたし、先生がどういう意図でその指摘をしているのか、なかなか理解できませんでした。
解剖図が役に立った話
声楽では「お腹を使って」という言い方をよくしますが、この感覚がない人に、いくら「お腹を使って」と伝えたところで、お腹に力を入れようとして全身に力が入ってしまうだけです。まさに私がそうでした。
私は、解剖図を見たことにより、「お腹のどこをどう使うのか」を理解しやっと感覚がつかめるようになりました。
声楽において、「お腹を使う」とは、決して、外から内側に押し込む力ではなく、内側から外側に広げようとする腹圧によるものです。私はまったく逆のイメージをしていたのです。
おそらく、そんなことを知らなくても上手にできる人もいます。もしかしたらそういう人の方が多いのかもしれませんが、私はそうではありませんでした。
私は、解剖学やストレッチを専門的に勉強してきたわけではありませんが、先生から教えて頂いたことがわからない時、解剖図で骨格や筋肉の動きを調べ、先生がおっしゃっていたことと結び付ける、という作業を繰り返し行ってきました。
ありがたいことに、すでに、歌う時の体の使い方について書かれた本はいくつか出版されていましたし、解剖学やストレッチの本もたくさん出版されていたので、自分にとってわかりやすいものを選んで、イメージの定着に役立てていました。
どう伝えるかを考えたとき
私は、たくさん勘違いし、誤解したままレッスンに通っていたため、上達にとても時間がかかってしまいました。自分が教える立場になった時、「どうすれば、勘違いや誤解を少なくできるか」について考えた結果、「解剖学的な機能とセットで伝えること」が有効なのではないかと思ったのです。
私は、解剖学の専門家ではありませんし、そのための教育を受けてきた者でもありません。自分が声楽を教えるにあたって、解剖学やストレッチについて、もっと本格的に学ぶべきなのかもしれませんが、今、私がすでに学び体験してうまくいったことをお伝えすることで、生徒さんの理解が深まれば、と思っています。
もちろん、解剖学的なことを理解したからと言ってすぐにできるようになるわけではありません。理解した上で、実践的な練習が必要です。でも、頭の中で誤解していると、できるようになるまでには、さらに時間がかかってしまいます。そうならないように、体の中で何が起きているのか、解剖図で説明することが大切だと思ったのです。
自分の体を知る面白さ
そして何より、自分の身体について知ることはとても面白いものです。私たちは普段、何も考えずに、歩いたりご飯を食べたりして、日常生活を送っています。
でも一つ一つの動きを見てみると、人間の身体がいかに緻密に作られているかに気づきます。それはまさに神業と言っていいくらい、「すごい」ことだと思います。
そんな神秘的な身体で音楽を奏でるなんて、本当に「すごい」ことだと思いませんか?
これからも、私自身が学び続け、時には修正しながら、健康的で美しい声を一緒に育てていきたい、そんな思いで、これからも、このコラムを書いて行きたいと思っています。