思いと強制

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12月から始めた筋トレを、相変わらず、毎日続けられています。自分にとって心地よいものだと知ってしまったので、辞める理由がなくなりました。

自分にとって心地よいと、どうしても人に勧めたくなってしまうのが人間というもの。

夫に「一緒にやろうよ」と軽く勧めるつもりが、気づいたら「なんでやらないの、信じられない」という言い方になっていました(^▽^;)

高齢になると膝や腰に痛みが生じる人は多いですよね。体が健康でも、膝が痛いために外出するのが億劫になってしまい、やりたいことをやれない、という人もいると思います。

これはある程度は仕方のないことかもしれませんが、筋肉で膝や腰を守ることはできると思うのです。筋肉は何歳になっても鍛えられると言われていますが、痛くなってからでは、筋トレを行うのも大変だと思います。

夫には老後も元気にあちこち動き回っていてほしいので、今のうちから、筋肉をつけておいてほしいと思っているのですが、本人がやるかやらないかは、本人次第で、私が云々いっても仕方のないことです。まして「なんでやらないの?」という言葉では、誰もやろうとは思いませんね。作戦失敗です(´-ω-`)

人は思いが強いと、他人を強制したくなります。

ひょっとしたら、こういうことがレッスンでも起きていないかなと省みてみました。

私は、生徒の皆さんが上達するにはどうしたらいいかなぁといつも考えています。歌の奥深さも知ってほしい。その思いが、皆さんを強制してしまっていないだろうか?

実はそのことについては、とても気を付けていて、そうならないために、必ず、やる前にその行動の理由を説明するようにしています。

「こうしてみよう」という提案も、教えられる側は、それをやる必要性が腑に落ちていなければ、「やってみよう」にはなりませんよね。

ただ、その説明で、腑に落ちるかどうかは人それぞれです。

Aさんにはうまく伝わっても、Bさんにはなかなか伝わらない

そんな時、私がやるべきことは、説明の仕方を変えることでしょう。いろいろな表現で説明できるように表現の引き出しを増やしていかなくてはいけないと思っています。

でも、とりあえずやってみましょう、とやることを強制してしまっているときもあるかもしれません。よくわからなくても、腑に落ちてなくても、とりあえずやってみた方がいい時も確かにあります。それを、強制的、と感じるかどうかは、お互いの「思い」のバランスによると思います。

私は、皆さんに上達してほしいという「思い」があり、皆さんは上達したいという「思い」がある。私の「思い」だけが先走ると、受け取る側は、「強制的」と感じてしまうでしょう。

私にできるのは、わかるように説明すること。やるやらないは、本人が決めること。

その説明でやる気持ちになれなかった人や、やってみたけどうまくいかなかった人には、別の説明をしてみる、それが私の仕事で、「とにかくやりなさい」という強制は私の仕事ではありません。

私の「思い」と皆さんの「思い」がバランスよく共鳴できると、無駄に焦ったり、落ち込んだりしないで、健全に上達していけると思うのです。私は、そんな教室にしていきたいです。私の思いだけが先走らないよう、言い方ややり方を工夫していきたいと思います。

歌うことはとても奥が深いことですが、皆さんのおかげで、教えることもとても奥深いなぁと感じられる毎日を送っています(*^_^*)ありがとうございます。